吉本ばなな『キッチン』新潮文庫

吉本ばなな/キッチン

幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。

いろいろなことからアンロックされたら、これまで来た自分の道筋を見て「よくもまあ、そんなことをやってきたものだなー」とちょっと思える。しかも愉快に。

「キッチン」の主人公「桜井みかげ」はそんな感じ。
彼女は「親族の死」という大きなイベントのために、現実に生きている感覚がなくなり途方にくれる。そのときの話がこの小説。

結局は料理研究家の道へと突き進むんだけど、突き進んだとき、彼女はこんなことを言う。

幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。

そんな彼女の好きな場所はキッチンだという。自分の部屋でも、リビングでも、トイレでもなくキッチン。

用途が1つしかない食器類、たとえばグラタン皿とかマッシュポテトを作るあれ(なんていうんだっけ)とか、フォンデュ用のフォークとか。ああいうのが並んでいるとどきどきするらしい。あと床の色。

僕もその気持ちちょっと分かる。たとえばグリップが立派な皮むき機(デンマークにいる友人が送ってくれた。ドイツ製と包みに書いていたから「やっぱよく切れる」と思っていたのだけれど、最近、グリップの端っこの方に小さく「China」と書いてあるのを見つけた)とか、野菜の水を切るぐるぐる回るあれとか。ああいうのが並ぶキッチン用品売り場はどきどきする。家にも並べられたらなあ・・・といつも思う。

キッチンで、みかげはゆっくりと人生の底を眺める。そしていろんなことを見る。考える。そして季節が過ぎる。

恋人でもないみかげを居候までさせてくれた雄一は、物語の途中で親を亡くす(というか殺される)。みかげは狼狽する雄一を見て「孤独は風邪に似ている」と思う。

風邪を引いたって息ができなくて泣いたって、いつか身体の調子は良くなる。そんな風に、「ひとり」を感じて絶望を知ってしまった人生だって、(たぶん)良くなっていく。

そして、みかげは果てしなく遠い場所から「おいしい」と思ったカツ丼を雄一の元に届ける。

「今すぐこれを食べてもらいたい」。その気持ちっていったい何?

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