江國香織,辻仁成『恋するために生まれた』

恋するために生まれた

恋はなくなったって愛は続く。悲しいよね。

友人(女性)がブラジルに留学するという。
語学や交換留学ではなく、手に職のための留学。そのために語学学校に1年通っていたりと着々と準備を進めてきて「やっとブラジル!」ということなのです。

かっこええ!と僕は思ったのですが、友人の彼氏の言い放った言葉にはビックリした。

「行かないでくれ!」

文脈によりけりだけど、引いちゃうよなあ。
「なんでやねん」、と。

この本で江國さんは、
女性は「私はあの人の女だから」と思ってキリッと振舞える人が多い。けれど男性は「私はあの人の男だから」ってほとんど思ってないように見える(らしい)。そこに男女の恋における美しさが違うんじゃないか、というのです。

なるほど、だから恋は男をダメにするのか!

僕も・・・たしかにそう思うことはないです(お恥ずかしい)。
けれど「あいつには負けないぞ!」とは思う。打ち負かす、ということではなくて、自分のやるべきことを必死扱いて頑張る。できたらお互いが同じフィールドじゃない、お互いが比べにくいジャンルでがんばる人と勝負する。

そうしたら、「面白度合い」で張り合えるから。

たぶんそう思うになったのは、高校時代の彼女が同じクラスの人だったからかも。当時の彼女はものすごいハイパーな人で、彼氏である僕も彼女に見合うくらいの何かを(彼女の友人に)要求され続けてた気がする。んで同じ分野(芸術やファッション)じゃ絶対に並べないと思って、自分のできることを一生懸命しよう!これでどうだ!と必死だったのでした。

・・・なーんてちょっといいこと言ってますけど、実際にやったことは文化祭の軽音楽部のライブのとき、頭を白髪にしたり、ワンピースを着てパンチラサービスしたり、泉谷しげるのようにアコースティックの弦を指でちぎろうと思ったら指がちぎれかけて大出血!とかでした(なんやねん、それ(笑)

もちろん彼女は非常に恥ずかしかったらしい。というか、僕も恥ずかしい(笑)でも面白いので許してくれた気がする(いい人だ)。

まま、これまでそんな風に思って人とおつきあいしようと頑張ってたので、これまで付き合って来た人は今でも好きだなあと思っちゃったりするのです。「なんて勝手なことを!」と自分で思うけど、「今もきっと面白いことしてるんだろうな」、と思うのです。「そうならば僕もおもしろいことしなければ!!」と想ってちょっとはがんばっちゃう。変なの(笑)

とにかく、恋愛は「守り」が一番退屈だと思う。
ブラジルに行く彼女を引き留めることで一人の寂しさは紛らわすことができる。けれど、離れているからできる面白いこととか、近くいてもできる面白いこととか、いろいろある。それを楽しめるかどうか。ここで近視になったら最後なんだと思う(これは経験しないとわからないもの。そして「わかった」とき、かなり悲しいもんす)。

だからこそ、張り合ってイベント作って意識しておもしろくしていかないと。そもそも、まったく知らなかった他人と一緒にいられるなんて、隕石にぶつかるくらいの確率なんだから、緊張感は少しでも持ってないと(笑)

・・・なんて、彼女のいないbottsuが言うのは説得力なさすぎ(笑)

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