2月2日

アサーショントレーニングという、「自分も相手も尊重した自己表現」についての
授業をするのですが、もう準備する時間が足りなくて、教材そのままの内容を授業化。
そしたら「できない」と全否定されてしまった。

準備する時間が足りなかったと反省はしたものの、
僕は身体を動かしワークを通じて理解する「体験理解」の側面を強調していて、
一方で「できない」と言った人は「知的理解」の側面をやったほうがいいという
対立だったみたい。

評価もされない、テストにも出ない道徳とか総合の授業において
生徒の興味関心を惹きつけるためには、座学のみはかなり厳しいと
僕はこっそり思ってる。だからこそ、座って人の話を聞くのではなく、
身体を動かし、想像力を駆使して、事柄を深く理解していく展開が
必要じゃないかと。

でも、座学でもできる、というか、座学のほうが教室のコントロールが効く、
と言われてしまうと正しすぎて反論ができなかった。そっか、僕はずっと
ワークショップ風の学びの場にしかいなかったから、そう思うのかなと。
もちろん、だからといってワークショップ型授業が得意ってわけじゃないけれど。

その後、別の先生たちからフォローしてもらって(相当きつい言われ方を
していたらしい)、資料もたくさんもらい、それらを駆使して、結局座学の授業案
を作った。2時間くらいでできたけど、その後どっと疲れたから、相当集中力を
使ったんだろうなあ・・・

面白いことをやっていこうよ!と思うんだけど、
やるたびに徒労を感じるのってもうダメだなあと思ってしまいます。
自分が変わればいい?そうなんだけどさあ。

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