病むときに近づく芸術。

病んでるときしか見られない映画とか、病んでるときしか聞けない音楽とか、病んでるときにしか読めない文学や哲学書とか、病んでるときにしか見られない美術作品が確実にあると思う。

「病んでいる」をもうちょっと具体的に書くと、単なる怒りではない強烈な攻撃的な衝動に駆られたとき、単なるエロではない強烈な性的な衝動に駆られたとき、あるいは単なる思い過ごしではない奇妙な身体感覚に駆られたときがそうだと思う。

どうしようもないエネルギーに身体が支配される。支配するくせに、そのエネルギーは身体を突き抜けてはくれない。身体の中をグルグルとうごめく。重ねて重ねて、繰り返し繰り返し、広がりながら、縮こまりながら、爆発しそうになる。

そういう時、必ずぴったりはまる芸術作品があると思う。

よくわからない工場の近くの、河原にある鉄橋の下の、セピア色に、濃く薄く広がる、人のにおいがしない空間が、頭の中を占領していく。その世界にぴったりはまる芸術は、僕の中の衝動をすっと溶かし込んでいく。溶かし込んで、でも浮かび上がって、空間をゆがめる。そして、プレスのようなものが、叩いて、叩いて、さらに衝動を伸ばしていく。

伸ばされながら、僕は別の芸術を跳ね返していく。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です