4月13日

職場のグチを書くのは嫌だけれど、今とにかく困っているのは、
セオリーに沿った対応をしたいのに、教員の個性を生かした支援を
されてしまってチームワークを取れないという点。

不登校対応について、僕は「どうやったら学校復帰、社会復帰できるのか?」
ということを念頭に考えていろいろやってきたつもり。そのために必要なのは
現状の把握、分析、継続的に会って話をしていく意味の確認、関係機関の
連携など子どもとたくさんの家族も含めた人たちと出会いなおしていくことの
サポートをすることが僕の役目だと思ってます。

でも、今の職場は、そういう型にはめたやり方がとっても嫌いらしい。
そして不登校は「二次障害」だと言い切り、その不安を取り除くのが役割だと
説教されてしまった。

もし不登校が何らかの原因に対する「二次障害」であるならば、
不登校の画期的なサポート方法が確立しているはずです。

不登校に対する特効薬(サポート方法やある種の薬)がないのは、
その原因が内的(発達の速さ遅さ、気質、性格、思考の偏りなど)や外的
(いじめなんかの環境)が複合的に絡み合ってのものであって、結果的に
不登校になっているのであって、それが「障害」と言い切るのは僕には恐怖です。

しかも、そこまで言い切るにもかかわらず、ケース事例、モデルケースの提示が
まったくない。教員の個性を見て習え、というのは時代錯誤過ぎます。

こんがらがった糸を丁寧に解きほぐすために、心理検査を勧めたらダメと言われ、
発達障害の可能性を疑ったら資格がない人間がそう言うのは人権侵害と言われ、
系統だった心理学的な授業をやろうとしたらいじわるをされ、
授業で使うプリントを刷ろうとしたら「同じ授業を1時間前にやっていいですか」と言われ。
ふざけるな、という話です。

これまで臨床心理学が積み上げてきた方法論が無視され、
子どもを前に喜ぶようなことばかりするのが支援なのか?
うまく行ったケース、逆にうまくないケースもきっちり言葉にして、発表しないことが
美徳なんだろうか。

そんなことしてたら、不登校なんて永遠に減らないですよ。

さも「素人は口を出すな」的な言い方をされるし、
僕が意見をしようものなら「型にはめた物言い」といわんばかりです。

ああ、頭が痛い。見た目が悪い人たちではないからこそ、自分が傷つくばかりです。
去年、大先輩に「波風を起こさないことが、仕事よ」と言われたことを思い出しながら、
淡々と仕事をして、自分のやりたいように持って行こうと思います。

波乱なスタートの4月中旬でした。グチ、失礼。

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コメント

  1. ちしゅー より:

    その人にとっては、bottsuさんが本気を出したら自分がつぶされるのが明白なのでは。
    そしてbottsuさんのやり方のほうが、その人から見ても良いことが明白でもあるのでは。
    かつ、その人はそのことを明確には自覚していないのでは。
    認識も分析も言語化もできないほどの衝撃を受けて、ただイライラして、いじめようとして、「つぶされるまえにつぶしてやれ!」みたくなってしまってるのでは。
    (ああ、今日もよく妄想した。)
    正攻法で「おかしいじゃないか!」的に行くより、アメとムチ、または北風と太陽の太陽作戦、あるいは大地の熱作戦で行くのが良いと思います。(言うは易く‥‥)

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