20111116

午後からは研修。
不登校のエキスパートの講演。大学院時代にアルバイトしていた下の階で働いていた人で、物分りの悪い、ケースが大好きな人だった。その研修のオーガナイザーな人がいて、一応「呼ばないほうがいいですよ」と伝えていたんだけれど、結局講演してもらうことになったらしい。

講演の最初は震災の話、そのあとボランティアをしていますという話。
この段階でほとんどの人が眠りの世界へ。もちろん震災の話はとても大切なんだけれど、いまするべき話ではない。しかも30分も。いい加減飽きてきたときにようやく本題・・・とおもいきや、全体像の話。ここに集まっている人たちは現場で働く、不登校と日々向き合っている人たちであって、日本がどのような状況にあるかなんか、さらっと知っておけばいいレベル。しかしながら、そこを丁寧に解説していく。不登校は何人にて・・・

ぼーっとしながら、別のことをしている人がちらほら。ちょうどテスト直前、あるいはテスト中の先生もいて、職場に戻って問題を作ったり、丸付けをしたい人がいる。僕だって保護者と電話連絡を取りたいし、細々した用事を終わらせたい。しかしながら、前に立っている人のどうでもよい話に付き合わねばならぬ。

「不登校の約1割が引きこもりになると・・・思います」という、すごい適当なことをいい、さらに「不登校の要因はさまざまです」とワードで作ったズレズレな表を目の前に、本当にグダグダな講演が続く。ようやく終わりの5分前になったときに「質問をどうぞ」。ねえよ!という無言の空気。僕は場をかき回そうと思っていたんだけれど、5分前は厳しい。時間内に終わらないことは一番よくないのでぐっと我慢。解放された瞬間、ほとんどが外に飛び出してしまいました。

なんというか、ケースが大好きな人で、それ以外のことは何もしてなかったなあという思い出が再度よみがえる。
こうやって、「経験者」が学者となり、講演して回るのって本当に理不尽。

Twitterでそんな愚痴をこぼしていたら、同じ教員仲間がこんなことを。

「若手が「内容」を提案するのはよしとされても、「やり方」を提案するのは嫌がられる感じがする。教委や行政が学び方のスタイルを提案していってくれたら楽だけど。。最近はワークショップについて学んでるので特にそう思います。」

そうなんだよねえ。
教員の研修でやるとよいものとしては、
1)知識詰め込み系(そしてすぐに使えるテクニック)
2)実地体験できるもの(オープンなスーパービジョン、わかりやすいケース検討)
一番ダメなのが、講釈を垂れ流されるタイプ。そこに集まっている人たちの属性を考え、そこに集まるまでにやっていた仕事について思いを馳せ、それについて語れるという自負がないと、講演ってかなり厳しい。

帰り道、僕が今年受けた中でそう思えたのは3つくらいかな。
逆に自分が講演をする立場にたって考えたら・・・緊張しすぎてダメなんだろうな。

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