担任の底力

投稿者: | 2014年3月19日

不登校の生徒の復帰の場として、僕のいる学級は設置されている。
「復帰」とは、元にいた学級に戻ることを指している。不登校になったきっかけが、仮にいじめだろうと学力不振だろうと関係なく、それを乗り越えて生きていけるよう支援をしていく。人によっては中学校時代で消化しきれないこともある。そんなときは社会復帰を目指す。家にずっといるのではなく、外にでること、人と関わること。生徒には『面倒くさい』を禁句として伝えている。ゲームばかりする、アニメばかり見るという好きなことばかりではなく、掃除する、人の手伝いをするといった、取っ掛かりが嫌と思われがちなこともちゃんと向き合っていけるようにする。生きていくのに必要な「耐性」を鍛えているのだ。

そんな支援の中で必須となるのが、学級担任の力だ。担任ほど、生徒の支えになるものはない。支援と言っても些細なことでいい。プリントを持って家庭訪問をする。イベントへの参加を促す。本人が動かないときは保護者と話す。週1回、たった5分のことでも、効果はある。

これまで150人くらいの不登校の子どもたちをみてきた。経験的に、ほとんどの担任は細やかに動いてくれる。

先生という仕事は忙しいので、こちらが促さないといけないときもある。ほとんどの先生は、その促しに気づき、『毎週放課後に会ってます』とか、『帰り道なので、家庭訪問しますね』と、動いてくれる。そして生徒のほうが『うちに来るようになったんだよ』と嫌そうな顔をする。これを聞いて僕はガッツポーズを取る。そうした支援はあとあとボディブローのように効いてくるから。本当にありがたいと思う。

また、本人に会ったり保護者に会うと、プリント類も届くことになる。
子どもが学校にいけていないという罪悪感から、最初は学校から疎遠になるんだけど、次第に『ご案内を頂いたので今度保護者会に出てきます』と動き出す。ときには『私も変わらなきゃ』とやる気になってくれて、保護者、僕のいる学級、学級担任、その他支援者が団結し、チームで子どもと向き合えるきっかけにもなる。やっぱり、学校に来ないからといって、『いないこと』にしては、生徒がよい方向に向かうはずもない。

そんな中で、いくら促してもまったく動かない人もいる。プリント類は一切渡さない、電話連絡も必要事項だけ、『突然登校されても対応できない』と切り捨てる。毎年数人はいる。

学校訪問した際、黒板の上に『一致団結』と学級目標が掲げられていて、卒倒しそうになったこともある。折り返し電話が欲しいと伝えても電話をしてこない人もいる。「伝言メモはちゃんと届いています。というか、先生は何時まで学校にいるんですか。いつもいないんですけど」と逆切れされたこともある(僕は子育て中だもんで定時に帰ってるんですが、超過勤務は業務量もありますが、基本的に人それぞれのはずです)。職場環境が悪くストレスが溜まっていたり、アドバイスをくれる人がいないとか、教育相談の仕組みが整ってない学校もあるので断罪はできない。けれど、『生徒が悪い、保護者が悪い、誰々が悪い』という人のせいの半分以上は、自分の対応のまずさから来ている可能性をまずは疑って欲しいと切に願う。

ある担任は、僕が何度も警告したにも関わらず、保護者に保護者会や卒業式の案内などを一切渡さなかった。

本人は2月の段階で卒業式への参加を希望していた。僕が担任に参加できるよう打ち合わせをしたかったのだが、まったく応答がなかった。FAXで予定表を送ると言われたけれど、届かない。いい加減頭にきた僕は担任がいる学校の管理職にお願いし、動かしてもらうことにした。そしたら、あろうことか卒業式の事前指導に呼ばず、式前日の夕方に来るよう約束したらしい。指導を受けていないから、名前を呼ばれたらどうするのか、賞状の受け取り方はどうするのか、歌は何を歌うのか、すべてがわからない。そんな中で「参加する?」と聞いて「はい」という奴はほぼいないだろう。

そして昨日、ついに保護者がきれた。『担任から、卒業式は何時から始まるのか、一切ない連絡がない、憤りを飛び越えて呆れている』。結局こうなる。ようやく卒業式に参加するという復帰の道筋が見えたのに、幸せな記憶になる可能性もあったのに、最悪な展開になりそうだ。

他の生徒はどうなのか。
式練習から参加し『楽しい』と言う生徒、練習に参加し『やっぱり行けない』と泣きじゃくる生徒。いずれも担任の手厚いサポートもあり、最終的には両者とも無事に参加すると決めたらしい。想像して欲しい、不登校で来られなくなり暗い顔をしていた生徒が、生徒の中に並び、名前を呼んだら返事をし、笑顔で証書をもらう姿を。担任としてこの上ない喜びではないだろうか。親も、大満足なのではないだろうか。

『クラス全員で揃って卒業できる!』。これは復帰できたクラス生徒、同級生の言葉だ。きちんと指導すれば、受け入れる生徒の側の気持ちも動くのかといたく感動させられた。ある担任もしみじみ『「以上、39名」と言えます』と喜んでくれていた。

明日は卒業式。もう通級は終わっているので、どのような式になったか、僕は知る由もない。笑顔で卒業式に参加し、次の進路を楽しみに、不登校をしていたこと、つまりは僕らとの日々を忘れてくれること。そればかりを願う。

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