空気を掴んだ文章の説明の難しさ

By | 2017年1月28日

教科書に載っていた河合隼雄せんせの話を読んだ同僚から、これどういう意味?と聞かれて説明したことをふと思い出した。

河合せんせは、論文と学術書は中期までで後期の河合せんせは仏教への傾倒と社会分析的な話が多くなった。

もう一言いうと、河合せんせのユング解説、実はユングの中でも「元型心理学」寄りです。意識、無意識と言ったフロイトの話を四歩くらい進めて、個人的無意識と集合的無意識に分けて、後者を人類が共通にもつ意識とした「元型」について解説を多くされています。夢占いでよくある「この夢を見たら欲求不満」みたいなのは、人類が共通でよく見る夢の分析からの発展系です(もちろん夢占いはお遊びですけどね)。

河合せんせの著作に昔話や夢分析が多いのはそのせいなのか、過去の物語や夢から紡ぎ出せる何かを探していたとも言えます。鎌倉時代の僧の夢の記述を分析した「明恵夢を生きる」は名著です(明恵 夢を生きる (講談社+α文庫))。

問題なのは、この「元型」については科学的とも言いにくいし、わからない人にはわからないし、もっと言えば文化人類学的なので、その結末は真理ではなく「考察」です。その考察の面白さが河合せんせが成せる技。でも、その考察が普段の生活に生きるかと言えば、ちょっと違う。

そもそも河合せんせは意図してなのかわからないけど、ユングの発達理論(たとえば影の心理学)、そして布置(共時性)と言ったカウンセリングに非常に意味合いの深い分野については、話はしていたし本もあるのだけれど、いわゆる「河合心理学」の役者ではない。この点がもっとクローズアップしていたらと今でも思う。数々の翻訳もしていた河合せんせ程の人が、このことをわかってなかったとは思えない。文化庁長官をするなど、もしかしたら臨床心理士普及に尽力するには専門家ではなく一般の人に心理学を普及させるべき、それが先と考えたのではないかなと思うほどです。

なので、河合せんせの一般書にある話について質問をされても、「こうではないかな」と浅はかながらの返答はできるけれど、河合せんせお得意の煙に巻かれた、わかったようなわからないような、でも話は面白い興味深いね、で終わってしまいます。

似た話で、社会にある雰囲気を掴み、人の心を魅了する心理学的な話題は、後期の河合せんせのように、話としては面白いし納得するのですが解説がなかなかうまくできない。

たとえばポジティブシンキングとか、孤独についてとか、心の闇とか、自分らしく生きるとか、人生の意味とか。

過去に偉大な心理学者(たとえばアンソニー・ストー、ムスターカス、エーリッヒ・フロム、フランクル、ロジャーズなど)がその手の話を論じてますが、よくよく考えると「あれ?」となる。

面白いけど深く考えると「あれ?」と思う。不思議なもので、いわゆる心理学的な話って、面白いけど、あまり深く考えるとドツボにはまるんですよねえ。

明恵 夢を生きる (講談社+α文庫)

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