20120113

(連れは無事、出産しました。ありがとうございます。今日の文章はかなり長いですが、当日の備忘録として残しておきます。子どもが大きくなったときに読んでくれるとか願ってもないけど、もしかしたらってことで。途中、気分が悪くなる描写もあります。最初に注意を促しておきますね。あと僕は医療関係者ではないので勘違いを思い込み、事実と異なる部分があるかもしれません。詳しいことはネットの情報だけを頼りにせず、かならず助産師さんやお医者さんに相談してくださいね。)

今日も朝から陣痛促進剤。「もしや今日は?」という期待はこの際捨てることにして、タイムリミットの月曜日(42週を超えると待たないらしい)までに出産できなければ帰ることにした。なので今日は点滴のスタートからではなく、1時間後くらいに病院に行くことにした。

陣痛室で点滴を打つのだけれど、ベッドは2つ。「できれば隣に誰もいないで欲しい」と願う。すでに2人、出産された方を見た(いや、声を聞いただけだけど)あれは結構つらい。聞いているだけで痛そうだし、何よりこちらの気持ちが焦る。あの人は産めて、私は産めないと思って欲しくもないから。えいや!と入ったら、ベッドは2つとも埋まっていた。

はひーと思って部屋に入って耳を済ましても、いつものように呻き声は聞こえない。連れによると、隣のベッドも陣痛を促す為に点滴を受けているらしい。ただし、お隣さんは破水している。「たぶん隣が早いよねえ」と連れ。「もう、とことんまでこの子に付き合ってやると決めたら」と長期戦宣言もあり、僕は僕で「きっといないときに動きがあるんだろうから、月曜日かなあ」とうっすらと思う。車の中でお義母さんともそんな話をしていて「これは本人には言わない方がいいね」。極秘事項となる。

初日は「今日生まれる」と思っていたからずっと波形(胎児の心音とお腹の張りを示す)を見ていてぐったりしてしまったので、今日はクロスワード雑誌をすることに。前日に連れに渡していたんだけど、連れも連れで暇だったのか雑誌の半分くらいまでやっていた。

二人して和気あいあいとやっていて、ちょっと幸せな気分に浸る。この時間がずっとあればいいのにとふっと思ったけど、いかんいかん、子どももいて、それでこういう感じです幸せなだったらいいよねと邪念(邪念なのかな)を振り払う。

お昼の時間。僕はまた病院のレストランに行く。天津飯と豚肉の何か(よくわからない)の入った「お弁当」を今日も食べる。その日の定食の半分ずつが入っているからやっぱりお得だなと感じる。病院のスタッフも食べるみたいで、外を眺めるふりして注文の内容をみると、大方そばとかうどんとかラーメンを頼んでた。たぶん寒いから、暖かいものをってことなんだろう。

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「お弁当」を食べながら、いつもは気にならないBGMに耳を傾けていた。2000年代のヒット曲が流れていて、ゆずとか、GReeeeNとか、懐かしい感じのものが流れていて懐かしいなとぼーっとしてしまった。いつもならすぐに戻っていたけれど、時計をみたら1時。あ、いけね、戻らないと。陣痛室の扉を叩く。

連れは神妙な面持ちで僕にいう。「破水した」。え?何でなんでと聞けば、内診のときドクターが2人きて、「じゃあ、破水しましょう」ということでやったらしい。特別な機械ではなく、単に指を使ってやったらしい。もう僕には内診という事柄そのものが理解できないし(肛門に手を突っ込むレベルでしか理解できない)、さらに指でって、もう意味がわからない。でも、破水したら頭がおりてくるんだよね?「うん、まだ高いらしいけど、ちょっとずつらしい。それよりも、水がさ、すごいでて笑っちゃった」。そりゃ羊水だもんな。羊水多めだって診察でも言われてから、仕方ないよね。

破水しても陣痛は来ず、助産師さんから「院内を歩こっか」ということで歩き出す。ここで連れに変化が。いつもならスイスイ歩いていたのに、「痛い」と言い出した。いつもより2倍くらい遅いスピードで歩いた。「人生において痛いのを待つって早々ないね」と話しながら。ドクターがその様子をみて「そんな余裕がなくなればいいですねえ」と笑顔。何かすごい世界にいるんだけど、このときは「そうですよね」としか言いようがない。

陣痛室に戻ったら、連れは「いつつつつ」と言い出す。わっと思うけど、助産師さんは強い。「まだ上の方だなあ、ゆらゆら椅子に座る?」とロッキンチェアーの病院版みたいなのに連れを乗せた。連れはうつむきながら、それでも骨盤を動かして頭を下にさげようとがんばる。

ある程度運動して、ベッドに。「生理痛のひどい版かな。私、ドMだからまだいけるかも」と張りの波を「くくくく」と言いながら我慢してた。僕も横でクロスワードパズル。そこにドクター登場。診察時は同室できないので外で待つ。

すると叫び声。内診はいつも痛いらしいんだけど、ちょっと様子が違う。
ドクターの話によると、「徐々に出口が開き始めて、おそらく今5センチ。このまま開いていって欲しいから、陣痛促進剤を続けましょう」とのこと。助産師さんからは「先生がいま刺激してくれたから、開いていくかもね」と。刺激・・・いったい何をしてるんだろう。そしてどうしてサイズがわかるんだろう。

いろいろわからないことが多いんだけど、とにかく陣痛がはじまっているのは確か。もしかして今日?と思っていたら、連れと会話がこの辺りからできなくなる。「陣痛なうって書いてみたいからいい?」と聞いたら「ど・・・ど・・・う・・・ぞ」。また笑う余裕が少しあったから、いけるかな?と思って連れに携帯を渡そうとしたら「だめ、無理、やって」。時計は4時過ぎ。

取り急ぎFacebookに連れのアカウントで書いて、その後僕のアカウントで実況中継をすることに。4時台はよがる感じで会話ができていたけど、5時を過ぎたあたりで、波形がお腹の張りを示すたびに「はぁーーーー」と絶叫しはじめる。僕は最初、手を握っていたけど「腰さすって」と言われ、その後4時間ばかり腰をさすり続けることになる。

絶叫はどんどん増えてきて、6時台で5分に1回程度となる。この辺りで日勤の助産師さんから夜勤の助産師さんにチェンジ。初日の人だったが僕をもう、とっても不安させる人で、悪い人じゃないけれど、おっとり過ぎてToDoリストを上からこなして行くタイプの人。うううう、不安。でも信じるしかないからできる限り応援することにする。

7時を回ったあたりから痛みは2分間隔となる。「うんちが出そうな感じがしたら呼んでください、また来ますね」と言う。連れが調べているのを横目で読んでいた出産体験ブログのおかげで、「ああ、やっぱり、うんちなのね!」と合点。いや、合点している場合ではない。5分後にその感覚が来たというので、ナースコール。「すぐ行きます」と言われて到着は5分後。文句を言いたいが、目の前の連れの状況が正しいのかどうかわからないのでぐっとこらえる。

目の前の絶叫(「股間が破壊されそう」という言葉が印象的)と、お隣さんが結局陣痛がこないままに部屋から立ち去って行くとき「私、これだけ痛かったのに」とその自分の母親に訴えかける声が聞こえたり、そしてその母親に「がんばってね!」と強く言われたりと混乱状況に追いやられる。こういうとき、男は何もできないんだけど、諦めたらダメだと心の声が聞こえる。意外とこういうとき、たとえば興奮し過ぎて行き過ぎたときの周囲の色とか匂いまで思い出せる冷静な意識がそうであるように、きっと僕がどこにいて何をしているかは知ってる。ここで頑張れなくてきっと「頼りがいがない」と判断されたりするんだろうなとうっすら思いながら、僕は僕で、ただただ近くにいてあげたくて、腰をさすり続ける。

そのとき、連れの母が入ってきた。仕事が終わって来てくれたんだけど、入って来て早々耳元に来て、「あんた、いい加減にしなさい、我慢しなさい!」とよがっている手を振りほどきはじめた。「病院中に響き渡ってる、我慢が足りない、イイカゲンニ・・・」「出ていって、近寄らないで!」。連れが苦しい中で応戦。「お義母さん、これでいいんです、こうしていないとダメなんです、すみません、させてあげてください、このままにしてあげてください」ふっと口をついて出て、助産師さんを呼んで(ドクターも一緒に来てくれた)お義母さんの手をとって一緒に外に出た。

外に出て、いろいろ言っていたけれど、孫が生まれる興奮と、声が漏れ出てるはずかしさだったよう。「エレベーターホールまで聞こえていたよ」と言っていたけど、そうでもなく、せいぜい10mくらいで「何か聞こえるな」程度(そのあと聞きにいった)。でも、いろいろ混じると人間って何をするかわからないから、責めないで置いたけど、何だかその後ぐったりと落ち込んでいる様子だった。今は昔と違って出産に関する方法が変わっているから、あれでいいんですよ、と伝える。誰も間違ってない、大丈夫、いまのミッションは唸っている連れから元気に子どもが出てくること。本筋を見失ってはいけない。

診察後、「もうすぐ出口は全開です、あと少しで分娩室となります。がんばりましょう」とうれしい言葉が。「あ、でも時間によっては私でなくて・・・」とドクターの変更を告げられる。えっ、一番信頼していた先生が変わるの?!

まあ、いい、先生は先生だ。いないよりいいし、何より全体のシステムを眺めて思うに、この病院はしっかりしてる。助産師さんもそうだけど、信頼するしかない。気合をいれなおす。

その頃から連れの呻き声が聞こえなくなる。
力尽きたのではなくて、「りきみ」に移ったのだ。陣痛当初はりきんじゃってもあまり意味がなく、逆に疲れちゃうしいろいろな部分が傷つく。出口が開いたときに「りきみ」をはじめて、ようやく頭がグリグリと出口を通過すべくガンバれるのだ。

助産師さんが「お下に手を当ててみてください」と促される。連れの「りきみ」と同時に盛り上がってくるものを感じる。「お子さんの頭ですよ」。本来ならいろいろ思うところだけど、冷静に「ああ、そうですか」と思ってしまった。ああ、出てくるのか。いや、すぐに出て来たらいいのに。いろいろな思いが頭を駆け巡る。

「りきみ」をはじめて1時間半は、僕が連れを抱きしめる形で頭をさらにおろしたり、四つん這いになったりといろんな体位で胎児を外に出そうとするが、出たり入ったりを繰り返していた。「進んでいるんですか」連れは這々の体で聞く。もちろん進んでる。でも連れ時間からすれば想像を絶する時間が経過しているに違いない。早く痛みを止めてあげたいけど、僕にはどうしようもできない。一緒に呼吸を合わせるのみだ。

そしてようやく再度の「内診」がきた。僕は外に出る。
そこから30分。じっとしていられなくてうろうろ。うろうろを100回くらいしたとき、「分娩室に移ります」。ようやくその言葉が来た。

「分娩室に入ったら、足を固定されてしまうんです。頭を挟んでいる感じる、お股に何かが挟まっている感じが来たら、あとは30分から1時間くらいでいけます。いま、そのときです」。助産師さん、ファイツ!頼りげがないけど、僕たちの子どもを取り上げるのはこの人が。精一杯の応援をする。

分娩室は普通は入れないけど、立会い出産のための説明会に出ていればはいれる。有給をとって山梨まで行って受けた。ようやくこのときがきたかあ・・・と感慨に耽っていたら、まだ呼ばれに。あれれ・・・外では新生児室で泣き叫ぶ声が聞こえ出す。たぶん人が一気に分娩室に移ったからだと思うけど、もしかしたらこの世に命を与えられる瞬間の、その息吹に反応したのではないかと思う。思うけど、正しいかわからない。そしてなぜか、伊集院光さんを思い出す。Twitterで「応援ください!」と投げてみた。それを出し終えたとき、分娩室へ。

陣痛室は明かりを暗くしてリラックスできる部屋になっていたけど、分娩室は手術ができる部屋でもある。つまり、相当明るい部屋。連れは、よくある手術はシーンみたいにシートを被せられ、下半身は見えないようになっていた。僕も下半身が見えないように誘導される。でも気になるからチラチラ下半身・・・いや、その手術風景をみようとしたら「奥さんの顔をみて!」と助産師さん(取り上げてくれる人ではない方)に諭される。

ここからが早かった。うーんと唸ると同時に、「大きなうんちを出すように」という感じで体を丸めたり、かかとで身体を蹴り飛ばしたりを繰り返す。そうこうしているうちにドクター(非常勤の先生らしい)が到着。のっそのっそと手袋をはめ出しているけど、そんなのを待たないで、どんどん子どもを出そうと助産師さん3人がかりプラス僕でがんばる。きっとこの中で一番浮いているのはいま来たばかりのドクターだけど、たぶん何もできないのは僕。ああ、残念すぎる!と思いながらも、「がんばれ!うーーーん」と一緒にうんちを出そうと肛門に力を入れる。

途中「いたいーーー」と叫び出すが、痔であってもうんちは出さないとダメなんだ、でもいたいよね、、、ああ、いたいよねと思うんだけど、「頭が出て来た!」と、ペンライトだか懐中電灯かなにかでお股をみんなで覗き込んでる。よくわからないが、あともう一歩だ!ドクターは注射で何かしてる。よくわからんが、とにかくやろう!

うーんと2回くらいしたとき、助産師さん1人残して横にいた2人は動き出した。あれ?と思って連れも僕も目でおったら「ダメ、胸元みてて、赤ちゃん出てくるよ!」。その瞬間、ぬるっと何かが目の端っこで見えた。真っ白で、しかめっ面で、真ん中に線がある、あ、赤ちゃん?出た??

「おぎゃっ。。おっ、ぉつ」

出て来たよ~と3秒くらい見せてもらって、すぐに視界から消え、「ずずずずず」という音が聞こえはじめた。ドクターが羽交い締めみたいにしていて、たぶん羊水を鼻とか口から吸い出しているようだった。連れをみたら、さっきまでしかめっ面でだったけど、とっても冷静な目で、遠くを見てた。

「お疲れ、がんばったね。」
声をかけて反応があった。よかった、母になった連れはとりあえず元気だ。次は出てきた「元」中の人だ。と、お下をみたら、へその緒をパチリ。切ったあと、隣の部屋に行き、身体を拭かれていた。事前に調べていたけど、胎児には胎脂(たいし)という、白っぽい脂がついていて、羊水の中での皮膚のガード、出たあとの乾燥を防ぐと言われるそれがついてる。普通は産湯で落とすらしいんだけど、この病院はタオルで拭くらしい。が、元中の人は脂まみれで「わー、このこすごいバタ子さんだわ」と、どうも産湯に浸かったらしい。どうだい、富士の麓のお湯の感想は。聞きたいけど、そこがなんのセカイか彼女にはまだわからんだろうな。

連れは「あれ、終わり?違いますよね」と冷静。もう一人は出てこんだろうと思ったら、そうそ、胎盤。分娩後、10分くらいでぬるっと出てくるらしいと聞いていたけど、ドクターは引っ張り出してた。そして「うーん、すべてができってないな」とお腹をおしてた。なんだかわからんぜよ。

あと、途中痛かったのは切れたらしく、縫合となった。これは麻酔をかけてやるのでいいんだけど、「陣痛の痛さに比べたら全然」と、連れが何だか大きくなってた。すげー、女性。

僕はその辺りでいったん退場。このあと、カンガルーケアといって、2時間ほど赤ん坊を母親の胸元で抱かせるというのにはいる。希望制のもので、「カンガルーケアをすると母子のつながりを確認できて」うんたらかんたら。よくわからんけれど、このあと母子別室になるのでやろうと出産前に話し合っていた。

カンガルーケアの準備を待っている間、方々に電話。大阪の母と兄弟、職場、いろいろ。忘れている人ないよね。そう思ってTwitterをみたら、伊集院さんから返信があった。もう、とてもとても素晴らしいものだった。ちょっと泣いた。

そして対面。かわいい。よだれを流していたけど、どうやら羊水がまだお腹にあるらしく、それを一生懸命だしていた。目もしっかり見開いて、指を動かすと少しだけ追いかけていた。ぼんやりだけど、見えているらしい。でも体力はまだまだないから、すぐに眠ったり、あくびをしたり(超かわいかった)する。でも全然泣かない。あれ、この子は泣かない?と助産師さんに聞いたら、「うん、おとなしいですよね。でもカンガルーケアのときはほとんどのお子さんが泣かないんですよ」と教えてもらう。不思議です。ただ、病院側の説明もあったけど、カンガルーケアの途中は絶対に誰か1人が立ち会わないとダメ。というか、実際やってみて思ったのは、「息してるかな」と本気で思う。うつぶせで寝ているけど、目を開けていたらいいけど、目を閉じたら生きているかどうかわからない。もちろん足には呼吸をチェックする機械をつけるからいいんだけど、分娩後の分娩室は無人に近いので、カンガルーケアをする場合は注意が必要。

写真をバシバシとりながら、連れといろいろ話す。「とりあえず、もう一人って言われたらいまの段階では嫌だ」と笑いながら話す。僕だって、そう思う。まあ、時間がたったとき、考えよう。いまは目の前にいる赤さまだ。

伊集院さんに報告も忘れずにやったら、再度ご返信いただいた。もう泣きそう。これからもリスナーであり続けますよ!!!!

途中、お義母さんと入れ替わり(分娩室でカンガルーケアをしている以上、外からはいれるのは1人限定なのだ)で赤さまを見る。かわいい。

いろいろ後処理をして、連れの病室への移動は深夜1時を回っていた。連れは気持ちは疲れてないが体が悲鳴をあげているとのこと。僕は両方ダメ、でも頭は覚醒してる。お義母さんは眠気で倒れそうになってる。それぞれ状態が異なって大変なんだけど、とりあえず事故なく帰ることを第一に、車に乗り込んだのでした。

ということで、渾身の一枚。
長かった一日がようやく終わった。。。

子どもショット。かわいい・・・

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コメント

  1. […] ちょうど2年前の今日、娘が生まれたのでした。その日の日記がこちら。 […]